門前の小僧、『維摩経』を読む  維摩会(春秋館)で参禅ライフ21

仏と菩薩と聖声聞と独覚との過去現在未来のすべてに礼拝し奉ります。

新年明けましておめでとうございます。

今年も『維摩経』第二章の「方便品」を、ご一緒に読んでいきましょう。

 

仏の威儀に住して、心(こころ)大なること海の如し。

諸仏ほめたたえ、弟子・釈・梵・世主の敬う所なり。

人を度せんと欲するが故に善方便を以て毘耶離に居す。

資材無量にして諸の貧民を摂し、奉戒清浄にして諸の毀禁(きこん)を摂し、忍調の行を以て諸の恚怒(いぬ)を摂し、大精進を以て諸の懈怠を摂し、一心禅寂にして諸の乱意を摂し、決定の意を以て諸の無智を摂す。

白衣為りといえども沙門清浄の律行を奉持し、居家に処すといえども三界に著せず、妻子有ることを示せども常に梵行を修し、眷属有ることを現ずれども常に遠離を楽(ねが)い、宝の飾を服くといえども而も相好を以て身を厳り、また飲食すといえども而も禅悦を以て味となす。

 

ここでは維摩居士の素晴らしさが述べられています。

心は海のように広大。

多くの財産を持つが、貧しい人に分けてやり、

ならず者や怠惰な者たちに仏道を説く。

俗世に生き、家族や財物もあるけれど、それらに執着しないのが

維摩居士であると述べられています。

「懈怠(けだい)」とは仏教用語仏道修行に励まないことや怠りなまけることを意味します。懈怠は六大煩悩の一つ、あるいは二十随煩悩の一つとして数えられております。

 

参考資料:ブリタニカ国際大百科事典

スジャータの村(筆者撮影)